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ふぐたろう日記
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繁殖期というのが、ふぐたちにもあるようなのだが、このふぐたろ&ふぐ子には
それらし~兆候がない・・・(´-ω-`)。

この底砂も最初近所のディスカウントショップみたいな所で慌てて買った
もので・・・というか、これしかなかった・・・今思うと、大失敗。
この砂のせいで当初phが結構アルカリに傾いていて、初心者の私は、
この砂が原因だと気付くのに時間がかかった。(アベニーはphは中性が最適)
しかも、見ての通りアベニーには大きくてゴツゴツしていて、なんだかおなかが痛そう!
(ショップの人曰く、痛くないらしいが(^^;)かわいそうで細かい砂を買ってきたが、
一気に砂を取り替えると水質が急変するのが怖くて、出来ずにいる・・・。
水温が落ち着いてくる秋にしようかな?

本当は本物の水草を沢山入れて、その中で眠らせてあげたいけど、
水草は色々面倒なので入れていない。おびえ系のふぐ子向けに、
隠れ家用ニセモノの水草入ってます(笑)

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by arif6 | 2005-08-09 23:44

高校野球のおもひで
小学校低学年の頃、高校野球に魅せられ、高校3年間野球部の女子マネージャーで
終わるまで、ずっと甲子園と高校野球に夢中だった。
そんな中、一番好きだったのは徳島の池田高校と、「攻めダルマ」と異名をとった蔦監督だ。

a0014770_19102226.jpg蔦監督の方針はあくまでも「高校野球は教育の一環」であり、
基本野球のための越境入学を認めていなかった。
そして、選手の欠点を直すというより、長所を最大限に
伸ばす指導の仕方で「のびのび野球」と言われ、
打力はあるけれど比較的失策の多いチームだった(笑)。

どんな局面であれ、まずバントはしないし、エラーしても
「打って返しゃええ」といって気にしない。
優勝した82年には6試合で85安打を叩き出し、
「やまびこ打線」と恐れられた。
育てるエースも技巧派ではなく、直球でグイグイ押してきて、
打たれてもまた同じ球で勝負を挑んで来るようなピッチャーばかりだった。
そして何より、試合中はベンチの端に腰をどっかりと下ろし、
一文字に口を結び、多くを語らない。
「試合の時は、子供らを信じている」ので、失敗を責めたり、罵ったりは一切しなかった。
ただ、これは試合の時の顔で、練習の時はその厳しさから「鬼ダルマ」「ブン!」(蔦 文也の文をブンともじって)
と言われるほど厳しく、かの水野(現野球解説者)が
「試合が楽しくて仕方ない。だって試合のときは蔦さんが優しいから」
と、よく言っていた。

反面、雑誌などでは「大味な野球」と、叩かれる事もしばしば。そしてある人が
「僕は広島商業の野球のように、バントなどできっちり送ってくるような
野球が好きだ。エラーは多いし、池田のは野球じゃない」

と雑誌に投書しているのが頭に来て(笑)
「並みのチームでは、そのエラーひとつが命取りになる。が、池田の場合はそれを補って
余りある打力がある。これこそが野球の醍醐味でなくて何なのか?」

と、ガキのくせに生意気に誌上で反論した事がある(笑)。

その思いは、今も基本変ってはいない。(勿論、手堅いキッチリした野球もアリだと思う。
キッチリ決めたくても決められないのが普通。それを成し遂げる精神力や、
練習の成果はまさに、高校生の鏡といえる。←ちょっとはオトナになった(笑))

手堅い野球が伝統の高校とか、勝つためには手段を選ばないa0014770_1953495.jpg
(勿論、ルール違反ではないのだけれど)
というのも、個人的には好みじゃない。
例えばその昔、隠し玉をしたM島高とか、
松井を5連続敬遠した渦中のMG高、暴力どころか部員寮での変死
(虐めが日常化との話)も取り沙汰されたP高とか。
蔦監督のお言葉を借りるとすれば、
「ワシはバントとかコツコツ当てていく野球は嫌いなんじゃ。
野球に理屈はいらん。思い切り、のびのび打てばいいんじゃ」


蔦監督が、直球勝負の投手を育てていたのには理由がある。
「若いうちから変化球に頼っていたら、ヒジや肩がやられてしまう。
勝つためにそこまでする必要はない。子供らの長い野球人生を
考えたら、プロに入って(選手としての)ピークが来るようにして
やらんといかん」

実際、名門と呼ばれる高校には、多くのピッチャーがいる。
勝つために、様々な変化球を一日何百球も投げさせられ、殆どはバッティング練習の
為だけに消耗されて行く。
肩やヒジが壊れて野球人生をそこで終えてゆく選手も少なくない。
そして運良くエースとなり、甲子園で優勝投手となっても、プロに入って
同じように成功するピッチャーは一握りだ。
それは、やはり若いうちから肩やヒジを酷使し、「ピークが甲子園優勝」となってしまった
というのも原因のひとつかもしれない。
勿論、そこまで極めれば本望なのかもしれないが・・・。

その昔、清原や桑田がいた頃のPL学園は本当に強かった。(私はその前の主砲小早川・
鶴岡監督が好きだった)けれど、近大付属など大学に付属している高校にいい選手が
流れるようになってから、その勢いはなくなった。なんでも、野球ばっかりやっても
プロで大成するのはごく一部なのだから、野球がダメな場合は大学にも
行ける様に。と考える親御さんが増えてきたからだそうだ。
なので、大学の系列高校でないところは、選手集めに苦労しているらしい。
少子化や、サッカー人気にも押されて。

蔦監督が肺がんでお亡くなりになられて早4年が経つが、甲子園を見るたび、
ベンチの隅で「打て!打て!」と、腕を動かす「攻めダルマ」蔦監督の姿が、
今でも鮮やかに蘇る。
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by arif6 | 2005-08-07 20:06


"クサ クサ"と読みます。  トルコ語で短信、つれづれ・・といった所でしょうか。          トルコやトルコサッカー、管理人のタワゴトを、ぼちぼちと・・・。宜しくお付き合い下さい。  :) 
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