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わが野球人生に悔いあり! その3

実は、甲子園に行ったんです。(・)‘ε’)

自力で。(爆)

部員が連れて行ってくれないんで、「自分でいったる~!! ヽ(`Д´)ノ」って。
・・・というのは、ウソ(半分本気(爆))で、
高校2年の時、本当は行きたかった高校が、甲子園に出たんです!
(新設校だったので、大学受験に不利と言われて、担任に止められた。
行っておけば甲子園に行けたのに!!!)
で、いてもたってもいられなくて、その高校の応援バスに混ざって、友人と甲子園へ応援に!
(しかも、うちから電車で30分という学区外の学校)見慣れない制服で応援に行った私たちを、
某高校応援団の皆さんは温かく迎えてくれました。

で、試合の後、あまりの人混みで友達とはぐれてしまった私。
しかも私の荷物は彼女が持っていて、家に電話をかけるお金もない。
途方に暮れていたら、上品な初老のご婦人が

「どうしたの?」

と声を掛けてくれました。半べそで事情を話すと、そっと2000円を下さいました。
私が
「お借りします。必ずお返ししますので、お名前等教えて下さい!」
と言ったら、にっこり微笑んで
「いいんですよ。これも何かのご縁。頑張って続けてね(女子マネを)」
と言い、合流してきたこれまた品の良い紳士達と人混みに消えて行ってしまいました。

その後、無事に友人にも会え、チームも快勝!感動しながら帰路に着く事が出来ました。
そして、次の日、新聞を見てびっくり!
あのご婦人が出ていたのです!
その方は、まだ旧制中学時代の頃の、球史に残る名勝負(私も知っていた!)を演じた
エースの奥様だったのです。(ご本人は他界。その代理として)で、
その年は記念の年で、両中学のナインが集まり、思い出話に花を咲かせたという記事が・・・。

で、私は尚更その奥様にどうしても借りた2000円を返したくて、その新聞社に電話をしました。
そして、間接的ではありますが、無事にお返しする事が出来たのです!

あんな名勝負を演じた方たちと縁があった事に感化され、私は益々もって気合が入り、

「をりゃ~っ!モタモタすんなぁ~っ!」
「やれば出来る~っ!甲子園だあーーっ!」

・・・迷惑千万な部員達だったであろう。
合掌。

<おわり>
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by arif6 | 2004-09-30 00:07

わが野球人生に悔いあり! その2
地道にインフラ整備から始め、(笑)
荒れ放題だった部室の床が土間じゃなくてコンクリだった事が判明!
(ドロが地層化してた。5センチは厚みがあった!!
窓も、水道もなく、そこまで掃除するのは半端じゃなかった!
しかぁ~し!隠してあったエロ本とか、全部捨ててムカつかれた)
有名高校の練習を研究して選手に紹介したり、(全国の有名高校に手紙を書いて、
球児やマネージャーと文通をして情報を集めました。
その年、甲子園に行ったチームもありました)
スクラップブックを守備毎に作って部室に置いたり、身体のケアの勉強をして
アドヴァイスしたり。(役に立ったかどうかは不明←無責任)

練習時間は2時間半(冬は、ナイター設備がないので、ボールが見えるまで)と
決まっていたので、如何に効率を上げるかとか。
部員は、初めは照れて誰も話し掛けてくれなくて哀しかったけど、
段々みんなも認めてくれて、最後は監督までも私に

「この場合、どうすればいい?」

と、試合中に作戦を聞いてくる始末。(道理で弱い訳だ)
で、スコアブック、ヒットは赤ボールペンで書くんですが、バッターボックスに向かう選手に
「~君、そろそろ赤ボールペン欲しいなあ~(・∀・)」
かなんか言って、さり気にプレッシャー(爆)
最後の夏はなんと、今迄最高の3回戦で0-1サヨナラ惜敗!
勿論公式戦は、予選でもその頃はベンチに入れなかったので、
スタンドで私の3年間は終わりました。

強豪高のマネージャーのイス争いは凄いらしかったですよ。
その点、うちは「ほのぼの野球部」。甲子園なんか、口にするのもおこがましい。
練習終った後、キャッチボールして貰ったり、打たせてもらったり(笑)
(本当は自分が野球やりたかった)
ぼけ~っとしてて、しょっちゅうボールが当たって、カラダ中アザだらけ。
オマケに陸上シーズンは陸上部にお嫁に行くのでお留守。といういい加減さ・・・。
勿論、合宿とか、泊りがけの遠征もなし。
予算がないのでボールが買えない。よく拾って家に持って帰って縫いました。
真剣に自身としては「甲子園」目指してたんですよね~(笑)

最後の追い出し会の時、ひとりひとりに3年間の打率とか、防御率を計算して
手紙と一緒にあげたのです。そうしたら、キャプテンが

「今迄しょうもない野球部の為に色々ありがとう。甲子園に連れて行ってあげられなくて
すまん!」

って、言葉を詰まらせながら男泣きして言ってくれて・・・。
無口で、サヨナラ負けした時も泣かなかったキャプテンだったから、すごく驚きました。

<続く>
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by arif6 | 2004-09-28 23:05

わが野球人生に悔いあり! その1
私は高校時代、弱小野球部の女子マネでした(笑)

小学校の時に高校野球にはまり、全試合の、結果と寸評(ナマイキに)を書いていた
「高校野球オタク」の私の夢は、
高校に入ったら野球部のマネージャーになり、「高校野球」という雑誌を出していた
報○新聞社に就職することでした。(笑)

そのアコガレの雑誌はと言えば・・・グラビアも少なく、情報量的にも、他社の
雑誌のほうが良かったのですが、(報○のHさん、ゴメンなさい(笑))岩谷時子さんの詩の入ったポスターが
おまけでついていて、それが好きだったのです。
そのポスターの題材がまた、有名校ではなくて、無名のチームの
夕闇迫るグラウンドでの練習風景だったりして、そのマイナーさというか、
ありふれた風景が、私の心を捉えてはなしませんでした。

がっ!私が選んだ高校は部活動に力を入れていなかったのと、ずっと陸上をしていて、
そこそこ記録を出していた事もあって、陸上部入りを勧められました。
そして何より、野球部にマネージャーという制度自体がなかった!Σ(゚Д゚)ガーン!
で、監督に夜討ち朝駆けで連日頼み込み、「内申書の為に陸上部との掛け持ちで」
という条件付きでやっと入部を許可されました。
嬉しかったなぁ~!!
職員室でつい嬉し泣きして、困らせてしまいました。
(女子生徒を泣かす中年教師の図(笑))

うちの高校はいいとこ予選2回戦だったので、こんな野球部によくぞ来てくれた!と、
部員に逆に気を遣わせてしまいました。
なので、ユニフォームを洗濯したくても(実は何気に憧れだった)誰も出してくれませんでした。
でも、周りは冷ややかでしたね。
「あんな野球部の世話して一体何になるの!?」とか、
「絶対好きな男がいるからだよ」とか言われたりして。
最初は辛かったです。
辞めようかと思ったけど、ここで辞めたらそれを認めたことになる!
と、自分に言い聞かせて続けていました。
たまたま、中学の時同じクラスだった子が野球部に居て

「あいつはそういう奴じゃない!筋金入りの単なる野球オタクなんだ!」

と、フォロー(なのか!?)してくれていて、それが唯一の救いでした。

<続く>
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by arif6 | 2004-09-26 01:06


"クサ クサ"と読みます。  トルコ語で短信、つれづれ・・といった所でしょうか。          トルコやトルコサッカー、管理人のタワゴトを、ぼちぼちと・・・。宜しくお付き合い下さい。  :) 
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